プロフィール

住宅ローン返済についての悩みや相談は、相手が身内や友人といえども簡単に言い出せないものです。仮に相談することできたとしても住宅ローンの金額は大きくどうにかできるものではないことが多いです。
しかし、専門家への一本の電話が皆様の抱える問題解決の大きな第一歩となります。
皆様の新たな明るい未来の為に勇気を持ちご相談下さい。

‘2016/10’ カテゴリーのアーカイブ

久しぶり‼

2016/10/19

妻の母が札幌に引越してきて1年10カ月が過ぎました。

妻の実家は福島県の南相馬市、東日本大震災により爆発した福島原発の為、立入禁止区域になり戻ることができない地域にありました。
震災後はしばらく友人も多い仙台で避難生活をしていたのですが一昨年の秋腎臓にポリープがあることが分かり良性か悪性かは精密検査が必要とのことでした。
その為、妻の兄弟は神奈川に住んでいる兄と、妻の二人。ただ兄は単身赴任で現在は名古屋に行っています。
その為、万が一の際義母のお世話は妻がするしかないとのことで札幌に引越してもらいました。
当初は本州を離れることに抵抗はあったようですが思い切って来てもらったのです。
その後、腎臓は検査の結果良性で問題はないことがわかり、ホッとしました。

そんな状況ではあったのですが義兄は義母の状況を大分気にしてはいたのですが仕事も忙しくなかなか今まで札幌に来ることができませんでした。
その義兄が先月休みが取れ札幌に来てくれたのです。

義母の顔も見て安心し、私たちも久しぶりの再会に義兄の甥姪の近況や東京に行ったうちの長女も姪たちとたまに遊んでもらっている為、そのお礼やいろいろな話に花が咲きました。

翌日、テレビで「 北の国から 」見ていた義兄は世代だったので富良野に行ってみたいとの要望もあり富良野、美瑛をドライブしました。

途中、台風により道路や橋が流された跡があり、台風の被害は甚大なことに現地で驚かされましたが目的地には無事到着し、当時撮影に使った家を見学。

最後は美瑛に行き、丘の見学と観光のコースではオーソックスなパターンではあったのですが初めてだったので喜んで頂けたのではと思います。

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最後は美瑛の丘で夕陽を見て帰りました。

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お互いに歳も取り、お腹も大きく、髪の毛も薄くなり、子供も成長、年々、状況は変わることが改めて実感ができました。
私も宮城の実家には1年以上帰っていないのでたまには時間を見て電話位はしなければな~とちょっと思いました。

宅地建物取引士試験

2016/10/16

今日は一年に一度の「宅地建物取引士」の試験日です。
当社からも何名か受験します。

今年から所属している「北海道宅地建物取引業協会」の中央支部の委員になった為、試験監督官の依頼がありました。
日曜日の時間は任意売却のご相談者や売却の案内等に使いたいのですが協会の為と思い、お受け致しました。

ただ、私も以前は受験しておりましたが監督官は初めてです。初めてなのに一人で教室に配置されたら「どうしよう!」と思っていたのですが、大丈夫でした。やはり、初めてなので先輩監督官と一緒の大きめの250人位の会場でした。良かったです。

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宅建協会の担当者から説明があり、「スピードより正確性が大事、間違いを起こさないように行って下さい」とのことでした。

まずは、会場に入り机の配置を整え、注意事項やトイレの案内等を貼り、ホワイトボードに席の配置を解りやすいように書きました。

一通り準備が終了し本部室に戻り、早めですが準備してあったお弁当を頂きました。
その後、試験開始時間近くになり会場に入りました。

先程までは受験者がロビーに数名しかいませんでしたが戻るとほぼ席は埋まっておりました。
やはり、試験なのでピリピリした空気が流れています。
我々監督官が入室するとさらにピリピリ感が増したように思いました。

私も10回位は受験しました。
9回は会社の指示で仕方なく?(ちょっと言い訳ですが)
1回は本気で半年間勉強し、合格したのですがその時の状況を思い出しました。

10月なのでもう外は寒いのですが受験者の熱気なのか時間が経つにつれ室内は熱くなってきました。
皆、真剣に取り組んでいる姿を見ると本当に一人でも多く合格することを祈ります。

私の時は試験の後で聞いたのですが私が家を出てから当時小学2年生だった長女がしていた「ミサンガ」が切れたそうです。
妻が何をお願いするのと聞いたら、「パパが宅建に合格するように」とお願いしてくれたようです。
それを聞いたときはうれしくて本当に泣きそうになりました。
ただ、不合格だったらどうしようと思ったのですが娘の願いもあり、合格点「ギリギリ」で受かったのです。

「本当に良かったです。ふ~という感じでした。」

今日、宅地建物取引士の試験を受けた皆様の一人でも多い合格を祈ります。

その中でも当社スタッフの合格を特に心から祈ります。
神様~~ 宜しくお願いします。

住み続ける!?

2016/10/14

加藤さん(仮名)から連絡があったのは
「自宅に裁判所の方が競売の調査に来るどうしたら良いのでしょうか?」
との電話が始まりでした。

大分お電話の状況では気持ちが混乱しているようでしたのでまずはお会いしてお話を聞かせて頂くことを提案し翌日ご自宅に訪問しました。

状況をお聞きすると従兄弟の事業資金の借入に際し保証人になり、その債務の返済が回ってきたのです。
当の従兄弟は現在行方が分からず、叔父ももう他界し返済する人は加藤さん以外おりませんでした。
ただ、債権額は200万円程度と少なかったのでそれで自宅を売却するのはもったいない為、身内や知人等で資金を貸してもらう人はいないか再度当たってみることをお勧めしました。

数週間後、加藤さんより電話がありました。
残念ながら、「 資金の目途が立たなかった 」との連絡でした。

ご家族は加藤さんとお母さんのお二人です。
自宅の土地建物は数年前にお父さんが亡くなり加藤さんが単独で相続していたのです。
もし、お母さんの持ち分もあれば競売になるのは加藤さんの持ち分だけなので売却は難しく競売の申し立てもされなかったかもしれません。

取急ぎこれからの方針を再度ご自宅に訪問し話し合いました。
加藤さんのご希望は 「 住み続けたい 」 とのことでした。
同居しているお母さんがもうお歳が80才を超えて持病もある為、環境を変えず生活していきたいとのご希望でした。
身内や知人に協力者がいれば問題ないのですが資金を貸していただける方もいないのでもちろん購入して頂ける方もいないとの状況。
その為、当社にて購入することを提案しました。
当社購入後、いづれ加藤さんが資金の準備ができ次第当社から加藤さんへ売却し戻すという将来設計前提に行う方針で進むことが決まったのです。

お家賃の設定や保証人など詳細の問題はありましたが無事売買が終了し、競売の取り下げが完了しました。

加藤さんは大変まじめな方だった為、保証人という意味を深く理解せずに安易に引き受けたために起こった災難でした。
でも、最悪の競売で自宅を立ち退かざるおえない状況は回避できたことに大変喜んで頂きました。
お母さんのホッとした表情が私も忘れられません。

早く資金を準備し買い戻して頂く日が来ることをお待ちしております。

植樹

2016/10/13

先月、所属している札幌ポプラライオンズクラブで過去に植樹や寄贈をした現地をその後のメンテナンスや当時はまだ入会していないメンバーに過去の事業の把握等も含め、全部は無理ですが五か所の見学に行きました。
最初は北海道神宮の梅林の中に4本の梅の木を植樹してあります。
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当時在籍していた先輩メンバーに聞くと平成18年の植樹の際は腰位の高さだったそうです。
今ではしっかり、育ち春には花をつけ皆様の観賞に役立っているのではと思いました。

2か所目は西区の農試公園です。
公園の傍らに構えている機関車(D51)が当クラブからの寄贈でした。
クラブのメンバーが近所に実家があり子供のころ公園で遊んでいたころにはあったそうです。
その機関車を寄贈したクラブに入ったのは何かの縁かなと言っていましたが、見学の最中にも小さい男の子が近くに来て見ていました。
公園のモニュメントとして今も子供たちに興味を持ってもらい役に立っているようです。

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3か所目は東区のモエレ沼公園でした。
私も上の子供二人が小さい時に何度か遊びに来ていたのですが駐車場から歩いて橋を渡り正面にあったポプラ並木が当クラブの平成10年に行った植樹でした。
ここは私も遊びに来ていたので「 ここもそうなんだ 」びっくりしました。
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4か所目は北広島市の輪厚川の川沿に数百本の木を植えたそうです。
その時はクラブ創立40周年の周年行事だった為、市内の小学校数校にご協力してもらい苗木を子供たちと一緒に育てある程度育った木を植樹したそうです。現在は立派な林に育っていました。
根が堤防を強固にし災害の予防に役立っていました。

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最後は白石のサイクリングロード沿いに桜が植樹されていました。
春には通る方々の目を楽しませているものと思います。

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私もこの札幌ポプラライオンズクラブに入会し、6年が経過しましたがクラブ創立から53年が経過する重みと実績が垣間見れたように思います。
その他にも現在、献血の啓蒙活動や小学校低学年のサッカー大会(初めての大会というテーマで)、市内中学校にて薬物乱用防止についての講習を行ったり、母子家庭や障害を持った子供たちにイベントを企画し実行したりとクラブのメンバーが主体性をもってなかなか一人ではできない社会奉仕を行っております。

私自身もこれから、歴史あるクラブのメンバーということに誇りを持ち社会奉仕に精進していきたいと改めて思いました。